2020
09.11

「つぶやきの部屋」⑥認知症について考えてみる

つぶやきの部屋

 

こんにちは、佐藤です。

金曜日、いつもはごはんを紹介しているのですが今日は久しぶりの「つぶやきの部屋」。

 

先日パライソの会議の中で、とある動画を見ました。

 

NHKスペシャル

「 認知症の第一人者が認知症になった 」

(番組内容を記事にしたものがあったので、よかったら上のリンクから読んでみて下さい。)

 

今日はこの番組を紹介しつつ、個人的な感想をちょっと書いてみようと思います。


認知症医療の第一人者である医師の長谷川和夫さんが認知症になった。そして、「自分の姿を見せることで、認知症とは何か伝えたい」と、自らの認知症を公表する。家族に支えられながら講演活動を続けるが、そこには当事者としての不安、さらに家族の葛藤があった。長谷川さんとその家族の姿から、認知症を生き抜くための「手がかり」と「希望」をつむぐ。


 

”認知症”

もちろん聞いたことはありましたがぼんやりと「忘れっぽくなること」くらいの認識だったような気がします。

パライソで働くようになってから実際に認知症のご利用者様と触れ合う機会が多くなって、そういうことではないということが分かってきました。

そしてこの番組を見て、長谷川さんが認知症の自分についてを語られている様子はとっても衝撃的なものでした。

 

「僕の認知症も確かなものと自覚した。3時頃にこちらに来るという伝言をすっかり忘れ、そのことも自覚しないという点で立派な dementia(認知症)と思った。」(2018年2月15日の日記より)

「昨日、池袋駅でJR山手線の乗場が分からず、人に聞いたりした。僕の認知症、少しずつ進行している。」(2018年3月24日の日記より)

 

自分が認知症だということを自覚する。状況を記録して自分の認知症が進行していることを認める。

ものすごく勇気がいることだと思います。

ご自身が研究されていることだからこそ、より鮮明な表現で伝わってきます。

 

「確かさ」が失われている感覚がある、と長谷川さんがお話しされていました。

 

「朝起きて『今日は何をするんだろうな』『俺は今どこにいるのかな』、自分自身のあり方がはっきりしない。で、妻が側にいて朝、言葉を交わしてくれる。『おはよう、調子はどう?よく眠れた?』お互いにそういう言葉を交わし合ったりするんだけど、それで『あっ、大丈夫なんだな、良かった』、だんだん(不安が)薄れていって、確かさが戻ってくる。」

 

自分自身のあり方がはっきりしない感覚、想像するとこわくなります。

会話をすることによってその不安が薄れ確かさが戻ってくること。

何気ない会話をすることがどれだけ大切なことかを気付かされました。

 

症状が進行していくと長谷川さんはこんなことを口にします。

 

「僕が死んだら、(周りが)やっぱり喜ぶのかなと思って。」
「周りはホッとするとよね。きっと。それくらい俺はみんなに負担をかけているということは自覚しているつもり。」

 

自分のことは自分でして生きてきた人間が人の手を借りなければ生きていくことができない、そうなったときに誰しもが思うことだと思います。

負担をかけている、申し訳ないと思う気持ち。日々そう思いながら生活することがどれだけ苦しいか。

 

そして周りの家族の様子。これもまた印象的でした。

長谷川さんの講演や研究を支えている娘さんは、認知症医療の第一人者である父親が認知症になったことをなかなか受け入れられずにいるようでしたが、葛藤しながらも少しずつ理解し受け入れていく様子がわかります。

 

「認知症になって、どんどんもの忘れがひどくなって。間違ったことを言ったりとかね、医師として、そういうのを残したくないというのは正直ありましたね。今までせっかく順調にきていたものが崩れてきちゃう。尊厳が。」

「楽しいときは『楽しかったね。本当に今日は良かった』と言う。昔からわりと感情表現をするタイプだったんですね。認知症になっても変わっていないなって思うんです。30年前、40年前からずっと変わっていないなって思えるようになってきた。」

 

一方で奥様はご自身も要介護認定を受けながらも長谷川さんを支えていました。

医師として仕事や研究で忙しい夫、家事や育児は奥様が担ってきて、そして今認知症になった夫を支える日々が、ようやく訪れた夫婦二人だけの時間だったそうです。

 

「とにかくあまり嫌な思い出を作らないようにしようと思いますよ。上の空に行って、『あのときは…』なんていうことになると困るから。『のんびりできてよかったね』くらい言えるようにね。」

 

家族の中でも受け止め方、関わり方が変わってくる。これもまた自分の知らなかったことでした。

もし自分の家族が認知症になったらわたしはどのように接するのだろう。

そう考えると、この映像の中で一緒にいられる時間だと笑顔で過ごす奥様の強さが眩しく感じます。

と同時に自分の親が、、、と考えると娘さんの気持ちにも共感します。

 

本人の気持ちを理解すること、家族の気持ちを理解すること。

想像することはできても完璧に理解することはできないかもしれません。

 

ただ”認知症”という症状については、もっともっと理解していくことが必要だと感じました。

 

そしてその上で自分はなにをしていくのか。

パライソで働きはじめてから半年、まだまだ考え続けていきます。

 

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