パライソで働くスタッフが日々のケアを通して出会ったエピソードを募集し、毎月その中から厳選した1事例をご紹介します。
3階サンフランシスコのユニットに入居されているT様は94歳です。
ゆっくりでもしっかりとした足取りでユニット内を歩いている姿をよくお見かけしていました。
口数は少ないものの人といることがお好きだった印象で、顔を合わせて挨拶をするとにっこりと微笑んでくれました。
ある時、転倒し骨折をしたことがきっかけで歩行が難しくなり車いすでの生活に。
それまではリビングのソファに座りお食事もご自身で召し上がられていたのですが、安静の為しばらくのあいだ居室対応となり他のご利用者様と一緒に過ごす時間が少なくなると、だんだんご飯を召し上がる量が減っていきました。
食事の際にスタッフが介助に入っても、なかなか口を開けてもらえないこともありました。ご自身で食事をされていた方が介助などにより食べなくなってしまうことは少なくありません。
自分でできていたことができなくなる。これは想像以上に辛い現実です。しっかりと歩かれていたT様だからこそ、歩けなくなったことや人の手を借りて食事をするということに戸惑い、そんな自分を認めることが難しくなっているのではないか。試行錯誤の日々が続きました。
しかし食事量が増えることはなく、口が開きにくくなることで食事をうまく飲み込むこともできなくなっていきました。
そして3月30日、ドクターの判断のもと看取りケアへ。
看取りケアとは要介護状態を改善したり維持したりするための介護ではなく、本人ができるだけストレスなく自分らしい最期を迎えるためのケアです。
水分はかろうじて口にすることができました。少量でも必要なエネルギーを摂ることができる栄養補助食品の高カロリードリンクを少しずつ飲むという状況ではありましたが、人といることが好きだったT様。ベッドで点滴は打っていたもののお食事の時間には起き上がり、できるだけ食堂で皆さんと一緒に過ごしていただくようにしていました。
その時、T様はリクライニング式の車椅子に乗っていました。
リクライニング式車椅子は背もたれが倒れて角度を自由に調節することができるので、寝たきりの方でもベッドから離れて移動したり、身体を起こすことができます。
わたしは看取りケアになったからと言って、必ずしもリクライニングの車椅子で過ごす必要はないと思っています。
身体を起こし座って飲み物を飲めるなら普通の車椅子でもきっと大丈夫なはず。できるだけこれまで通りの状態でいてほしい。
そう考えて他のユニットスタッフに相談すると同じように考えているスタッフもいることが分かりました。
ユニット内で話し合いを重ね、看護師やドクターにも相談をして、4月19日から車椅子に変更することが決まりました。
体勢が保てないと身体が車椅子の手すり等に当たって内出血もできやすい為、クッションを巻くなど安全に離床してもらえるように準備しました。
車椅子に変更してしばらく経つと、以前よりしっかりと嚥下できるようになり水分の摂取量が増えていきました。
声を出すことはほとんどなくなっていましたが、声を出そうとするしぐさが見られたり、調子の良いときはしっかり声を出してもらえることもありました。
4月28日、移動販売「パライソマルシェ」が行われました。生活用品や衣料品を購入することができるイベントです。
通常なら希望する方のみご参加いただくのですが、サブリーダーが「少しでも気分転換になれば」とお連れしたところ、そこに並んでいたお洋服に自ら手を伸ばしたんです。
昔からお洋服が好きだったT様。色白のT様には淡い色合いのお洋服がいつもよく似合っていました。
最近はあまり表情を変えることも少なくなっていましたが、その時は以前のような笑顔を見せてくださいました。
また甘いものがお好きだったので、以前から食欲がない時もくだものやアイスは召し上がっていました。
看取りケアが始まってからもアイスのパピコは口に含むと飲み込むしぐさがあり、ご家族様の協力のもと食欲がなさそうなときはパピコを召し上がっていただきました。
その後、毎食高カロリードリンクをしっかり1本飲むことができるようになり5月6日の朝食よりお食事としての提供を再開。
すると翌日のドクターの回診時には毎日打っていた点滴を1日おきの点滴に減らす指示が出ました。
現在は「アイス食べよ?」と声をかけるとうなずいてくれたり、声をかけるとお返事をしてくださいます。
T様のペースでできるだけこれまでと変わらない生活を送っていただけるように手助けができたらと思っています。以前のような笑顔の素敵な姿で過ごしていただきたいです。
(パライソごしき サンフランシスコ・ロサンゼルスリーダー)
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