今年、パライソは「親を思う気持ち」をテーマに、スタッフたちの言葉を動画でお届けしています。
介護の現場で働く私たちは、毎日のように「家族の時間」の尊さを目の当たりにしています。大切な人のそばにいられること、当たり前のように思えて、実はとても限られた時間だということを、仕事を通じて知っています。
だからこそ、今年は私たちスタッフ自身が、自分の親への思いを言葉にしてみようと決めました。
第一弾は「父を想う」。
年明けにお届けしたこの動画は、たくさんの方に見ていただきました。スタッフの中にも、ご入居者のご家族様の中にも、広告をご覧になって涙を流してくださった方がいました。「うちの父のことを思い出した」「自分も同じ気持ちだった」——そんな声をいただくたびに、親への思いは、誰の心にも静かに宿っているものなのだと、改めて感じました。
その気持ちに応えるように、この連載を続けていきます。
第二弾は、40代の男性スタッフが綴る、母への感謝です。
学生時代、ずっと野球に打ち込んでいた。泥だらけになって白球を追いかけ、チームを支えることに青春を注いだ。
今は、おじいちゃんやおばあちゃんの生活を支える仕事をしている。人を支えることがなにより嬉しい——そう感じながら、自分ではもうすっかり、立派な大人のつもりでいた。
でも、体を壊して入院したあの日。病室に毎日やってきたのは、少し背中が丸くなった母だった。
「飯はちゃんと食ってるか」「寒くないか」「本でも買ってこようか?」
仕事で誰かを支える難しさを知った今だからこそ、わかることがある。見返りも求めず、ただそこにいてくれる人の、凄さというものが。
自分はどこまでいっても、この人の前では子供のままなんだと気づく。
今でも、母はお弁当を作って持たせてくれる。孫の面倒だって、楽しそうに見てくれている。正直、とても助かっているし、毎日その存在に感謝している。なのに顔を合わせると、なぜかぶっきらぼうな返事をしてしまう。
いつも、ありがとう。
照れくさすぎて、その一言がいつも言えない。
だから代わりと言ってはなんだけど——もし一日だけ、二人で自由な時間を過ごせるなら。元気なうちに、あなたの行きたかった場所へ、僕が車を出そうと思う。
仕事では毎日、誰かの歩幅に合わせて歩いている。その日だけは、少しゆっくりになったあなたの歩幅に、ちゃんと寄り添いたい。
今日もお弁当箱を洗って、キッチンに置く。
「おいしかったよ」——その一言が、今の自分にできる精一杯の「ありがとう」の代わり。
▶︎ 動画はこちらでご覧いただけます
「ありがとう」が言えない不器用さは、きっと多くの方の心に覚えがあるのではないでしょうか。
自分のお母さんのこと、久しぶりに思い浮かべてみてください。
パライソはこれからも、そんな「家族の気持ち」にそっと光を当てていきます。次回の動画も、どうぞお楽しみに。
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